島田裕巳『性と宗教』(講談社現代新書、2022年1月刊)を読む
2022-03-21


島田裕巳『性と宗教』(講談社現代新書、2022年1月刊)を読む
                                 2022.3.14 中野毅

 宗教に関連する様々な領域において、旺盛な執筆活動を続けている島田裕巳氏であるが、古くから問題とされてきたにもかかわらず、何となく躊躇されてきた印象のある「性と宗教」について正面から切り込んだ一書を刊行したので読んでみた。

 ここでの性とは、文化的社会的に形成された性差としてのジェンダーはなく、行為としてのセックスであり、生物学的な性です。なぜ、それが問題となるかといえば、仏教では「不邪淫戒」を説き、妻帯しない出家(妻帯が常態化している日本は特殊)を尊重し、キリスト教ではカトリックの聖職者独身制などが知られていて、宗教では「禁欲」、すなわち性的欲望を抑えることが望ましいと宗教一般に考えられているという印象があるからである。その一方では、宗教界における性をめぐるスキャンダルが絶えない。それは何故なのか、宗教的規制が不十分なのか、もはや時代にそぐわないのかなど興味が尽きないテーマではある。

 本書では世界の主要な宗教、すなわちユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一神教、仏教、ヒンドゥー教、神道などを取りあげ、性的欲望をどのように規制しているかを比較しながら解説している。新書ながら、この大きな問題を包括的に捉えた点で、なかなか意欲的であり、傑作と言える。以下、筆者が関心を抱いた点を中心に紹介する。

第1章は「なぜ人間は宗教に目覚めるのか」と題して、人間が宗教によって禁欲を命じられているのは、性欲をもち、かつ他の動物が年に一度の繁殖期に性行為をし、子孫を残すのに対し、人間は一年中性欲をもようし、性行為を行う動物であることを出発点においている。この事は筆者も重要だと常々考えている。
 また人間が言語を発達させたことが、現実に存在しないものまで概念化し、その言葉が独り歩きを始め、神や仏など超越的存在を実在するかのような世界を生み出した。
 宗教心理学のジェームス、スターバックの研究から思春期に宗教的回心が起こることに注目しているが、それは主としてアメリカにおける福音主義キリスト教においてであること、日本やイスラム世界にはあり得ないとしている。
 本書のよさは、性についての態度を主要な宗教を比較しながら検討しているので、普段、比較宗教学などを教えていても見逃してしまう事を気づかせる点にある。その最たる事が、性を否定的に捉え、禁欲を是とするのはキリスト教と仏教の一部のみであるという事実である。宗教はおしなべて禁欲を説くものと思い込んでいたことが、誤りだと気づかされた。


続きを読む

[書評]
[宗教学]

コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット